
サムネはうちのふわふわです。かわいいでしょう。
※この記事は2025/09/27現在の最新回の12話までのネタバレを含みます
皆さん「ウルトラマンオメガ」は見ておりますか
https://youtu.be/ZU3yanezKFo?si=Njkj7O514ETbar3X
ワイはめちゃくちゃ好きですこの作品。
キャラやその関係性がすごくいいとか一話完結をきちんとやってて見やすくていいとか、そのへんはまあこの作品をお好きな人とだいたい同じ感じで好きなんですけど、今週折り返しを迎えてこの作品すごい作りをしているなと改めて思ったのでそのへんの話をしていこうかなと思います。
主にこういう話をする
https://twitter.com/hisanori_natano/status/1971779669252022680
手堅い視覚的な演出技術のすごさ
以前の日記で少し書いたのですが、ウルトラマンオメガの作品としての第一印象って良くも悪くも「地味で素朴」で、私にとってはものすごく好きな点であり、ご不満な方には物足りない要因だと思いました、が。
回を追うごとにその地味さの裏でものすげーことやってんな!?と思って見ています。この地味さって意志を持ってやってるクオリティコントロールなのに薄々感づき始めて(おそらくは被害が山野から市中に広がっていく表現をしたいのでわざと抑えてるっぽいのがちょっと読めてきた)からこの作品やばすぎる!!!となっています。
この作品のすごくうまいなと思う点として「非言語的な映像演出がとてつもなく効いている」という点がまず挙げられるかなと私は思います。
冒頭に貼ったツイートのように、ここで言う演出というのは、視聴者が感想として言うときの1シーンや1カットに対する「あのシーンは迫力があるCGですごかった!」とか「ここの絵面は〇〇の比喩!」とかではなくて、「こういうカットをここに挟んでこのカットでカメラワークをこう撮るとこういう情報が伝達できる」といった連続性のある実務的な意味での演出です。全然畑は違うんですが似たような作業をしてお金もらうこともたまにあるのでオメガ見てるとずっと感心しっぱなしですごい。
主人公のソラトが宇宙人故に日本語おぼつかないキャラだっていうのもあるのですが、熱心に聞かないといけない説明ゼリフが少なく(※注1)、ほかもセリフはなるべくシンプルでわかりやすくて、かわりに映像演出にすごく寓意が含まれてたりするといったことをすごくやっているなと思います。
シナリオ的に必要な説明はだいたい一緒に行動しているコウセイやアユ姉から出てきます。
こういう演出設計がバチバチに効いてて好例がたくさんあるので一つに絞るのが口惜しいのですが、それでも1つ例えを挙げるとわかりやすい・かつ私が好きなのは5話で、ソラトがひとりで出掛けてる様子の合間にもう一緒に生活しているのに慣れきっているコウセイがソラトがいないのを所在なさげにしてる場面がカットバック(別の場所で同時に起きている様子のカットをいれること)で挟まれて、一方ソラトはその回の重要キャラであるミコとミコトの「友達を大事に思うからこその突き放し」を見ているって一連のシークエンスがあり5話単体でもオワーすげえことするな!?って関心した演出で、私はこれがオメガを熱心に見るきっかけでした。
そしてそれが今折り返しに来てめちゃくちゃ効いてきているのが本当にすごい。最新のここ2話でソラトとコウセイはお互い別に相手を悪く思ってるのではなくて相手のことを慮るばかりで自分を見れてないという方向のディスコミュニケーションで仲違いをしかかってしまうのですが、ここで5話で教訓を得た「友達を大事に思うからこその突き放し」って映像的・文脈的にやったことがちゃんと結構効いてきているのがすごすぎてビビってしまいました。
こういうのって同じセリフを重ねるとかの言語的な表現でやる作品は多いしそれも効いてるとすげーカタルシスのある方法論なのですが、非言語的にやってるのちょっと手練れの映像演出すぎるかも。
これは作劇の面について後述する際にも言及するのですが、この他にも1話完結スタイルのこれまでの話数で映像的にやってきた演出(主に各話でソラトやコウセイが得た教訓に関わること)がしっかり折り返しの前後編に来て文芸的・映像的両面からまぶされててすべて回収されてるのあまりにすごすぎる…と思います。
※注1
いやいやソラトが怪獣の事思い出したときに説明でクッソ流暢になるじゃん??ってなるかと思うんですけど、でもあれどっちかっつうと説明の内容よりは「本来このキャラクターはそういう知識をスラスラ喋れるような人物である」って事実を重ねておくことのほうが大事な描写だと思うので、音や動作としての表現に近いんじゃないかなと思っています。

ウルトラシリーズらしい1話完結と現代的な縦軸の両立に対するある種の答えのような作劇
昔ながらのウルトラシリーズの特徴ってやはり1話完結で個性豊かな怪獣を毎話出してSF短編集や寓話集のような楽しみを与えてくれるところだなあと思うのですが、それが結構足かせになってるときもあるなあと思う時が近年ちょくちょくあります。以下、個人の感想なのでもしお好きな作品が悪く言われているように聞こえてしまったら本当にすみません。そういうつもりじゃなくてなんか総括的なアレなので、全然そういうところがあっても大好きな作品もあります。ゆるして…。
その上で好きな作品はあるし、時折追いきれてない年もあるのであまり明確なことは言えないのですが、近年は他社シリーズのような骨太な縦軸をやりたいのが(かなり成熟してきているとはいえ)旧来多かった3~4クールから2クールになったことと相性が悪いのか、結構シナリオの扱いに苦慮しているように思えることもありました。
歴史のあるシリーズはどうしても過去作との差別化で設定が複雑になりがちだし、さらにウルトラシリーズは他社シリーズと比べるとどうしてもパッと見の絵面的な印象は崩しづらいシリーズだなあというのは思っていて、そこの差別化のために文章的な設定を盛って既存作との違いを出す…というのが結構やられているものの、それがまた映像作品としては難しいところで、それを作中でバーッとセリフだけで言われたりしてしまうとな、なんて?となってついていけなくなるということが間々あったりします。
また私は防衛チームはじめとした何らかの組織の要素大好きなんですけど、2クールでこれをメインに据えてしまうとどうしてもデフォルトで場にいるキャラの人数が増え、1話完結でのお話を駆動するためのゲストを出したりするとさらにキャラは増え、その煽りを食ってレギュラーなのに掘り下げが十分になされないキャラの発生の原因になりがちに感じます。また、先述の既存作との差別化で組織の設定を飲み込む必要が出てくることもあります。
(※注2)
これに対してオメガは打開策を打ち出していて、なんか…それが…「それらをまるごとやらない(少なくとも前半クール折り返し直前までは)(※注3)」なの、急に、ど、どうした!?という引き算戦法でビビっています。しかもかなりよく機能しています。
よくシナリオの技法などで言われることで「ログライン」というものがあります。企画書を通すときなどに「これはこういうお話です、というのを1行で言いなさい」というものです。これが複雑になりすぎるとお話が伝わりづらくなってしまうというのが定説です(※定説です、と書いたのは例外の作品も全然あるため)。
現状オメガは折り返しまできて多少要素は増えてはいるのですが、依然おおまかには「宇宙人と普通の青年が友情を育みながら協力して怪獣退治をする」で大体説明できてしまいます。すごいシンプルさだ。
この基本設定のシンプルさ・強固さで、1話完結をしっかりやっているのがとても見やすいなと思います。その上で、多少各話の軸自体が弱い時はあっても人間1年生のソラトや進路に悩む青年のコウセイが情緒的な成長の課程で得た教訓で必ず各話にオチがつくし、その成長自体があまり気負わず読み取れる縦軸として機能しているの、一話完結と縦軸の両立としてめっちゃうめ~と思います。
他の作品だったら惜しんで数話引っ張りそうな要素も1話でスパッと使い切ってしまうこともかなり多く、ものすごく潔いなと思います。
更には今回の折り返しの重要な前後編では各話で得てきた教訓や積み重ねてきた演出での寓意を全部ぶち込んで、各メインキャラクターの成長・外部の人間とウルトラマンや怪獣との関わりに進展を作っていてものすごかったです。こんなに登場する出来事や人物全員に意味があるのすごすぎる。
また、サブタイトルがかなりの割合でコウセイ目線になっていてそうかなと思っていたことで、今回の前後編で確信を得たのですが、シャーロックホームズ方式というか(間違ってたらごめん)、体裁上の主人公ってソラトなんですが文芸上の実際の主人公はコウセイなところがあり、それはマジであんまウルトラマンがやってこなかったタイプの作劇で、なおかつ、人ならざるものと人間の交流の占めるウェイトのでかいウルトラマンと合ってて、ものすごくいいものを見つけましたねえ!!と思います。
※注2(追記)
なんか一部の人から読み違えられてて文章が下手で己の不徳のいたすところなんですけど、文章的な設定で違いを出すことや群像劇的に人物が多いことの要素自体が悪いと言ってるわけではないです。うまくやってる作品もあるし、そこの要素自体はうまく行ってなくても全体通してはおもろい作品もあるし。ただ苦労してる時結構あるのでやらんのもひとつの道よねという話です。見出しに「ある種の」って書いたのはそういう意味で、必ずしも正解はひとつではないと思います。今後もシリーズ続く中で色々試行錯誤重ねられていくのではないかなと思います。
※注3(追記)
10/4現在、以下のような感じでそんな事していいんだ…なってる、やりたい放題すぎるだろ、おもしれ~番組
https://twitter.com/ultraman_series/status/1974279066544189594
https://twitter.com/hisanori_natano/status/1974283841012707427
この作品の特定の属性の人に対する真摯さが好きだと思う
これは作品の凄さというか、私がすごくいいなと思っている点です。
所謂ブルーカラー系の職業だとかおしゃべりが上手じゃない人とか能力はあるけれど目的が見つかっていない人とか、世間的には頭が良くうまくやっている人から馬鹿にされがちな要素を持つ人達をちゃんとそうじゃないよって丁寧に描いている所がとても好きです。
意図的なのかたまたまなのかわかんないけど、とてもいいなと思います。
ソラトは宇宙人で常識はまだ覚えきれてないしネイティブな日本語話者ではないので言葉はおぼつかないけれど、地図や方角、貨幣の概念などをかなりしっかり理解しているなど賢そうな描写がかなりされています。
コウセイは己の進路に迷っていて成り行き上でついた職ではあったものの、それでも本当にやりたいことが見つかるまではと物流倉庫の管理者を任せられるような真面目な人物として書かれています。
アユ姉はとても賢い人なのですがそれを活かす場というのに悩んでいるキャラで、それ故ともすれば一度くらいは知識ばかりが達者な人と描かれてしまいかねない所を現状そうはなっていません。
そのうちソラトについて特になのですが。
よく聴いているゆる言語学ラジオで特に好きな回で「ビジュアルシンカー(視覚思考者)」のシリーズがあります。
https://www.youtube.com/watch?v=5NJ_tKtvjCs
かなり長い動画が全4回もあるのですがこのシリーズではとても面白い話をしていて、大雑把に1本目では「言語情報で考えている人と視覚情報で考えている人がいて、”言語化ができない”と”頭が悪い”はイコールではない」「今は言語で考えてる人も子供の頃は誰しも絵を描いていたわけで、教育によって言語でのコミュニケーションが発達する」といった話をしています。割と自分は言語で考えてない側の人間なので、そうなんですよ、考えてはいるんですけど…頭に湧いてるのって映像だから言葉にするのが難しいんだよな…と常々思っています。
これオメガの作中においてソラトがそうだよな~と思います。
多分めちゃくちゃ彼なりに色々考えていると思うのですが言葉のおぼつかなさでコミュニケーションの不全が生じる描写が時々あります。
特に今回の前後編ではこれで結構致命的なディスコミュニケーションが生じていて、コウセイに対して戦いに来ないほうがいいということを伝えるのに、ソラトは人間ではないので言葉で正確なコミュニケーションを取るのに難があるけれど、「アユ姉はお仕事でやっててコウセイは成り行き上一緒に戦ってる」のをなんとなく感覚で理解しているが言語化を上手にできてないので、その感覚的な「来ないほうがいい」に対して戦いへの焦りを感じているコウセイはなんでだよ!になるという描写がありました。この辺の話はストーリー自体の感想になるので全文はTwitterのツリーの方見てもろて。
一方でコウセイの方はめちゃくちゃ口が回るタイプだし、Twitterのサブコンテンツとして出される日報シリーズも一部除いて毎回びっしり文章が書かれています。自分は前述のウェブラジオの「ビジュアルシンカー」の話題がすごく心に残っていたので、「これ視覚思考者と言語思考者のすれ違いじゃん!!!!」となりました。もしかしてスタッフ陣、ゆる言語学ラジオ聞いてる???まあ流石にそれは制作時期と動画の公開時期を考えると完全に与太話なんですが…。
また、最新回でのこれの和解のシークエンスの演出もはじめに書いたような視覚的な演出としてすごくよくて、出ていって一人で戦おうとするソラトの本来の姿であるオメガに対してめちゃくちゃ言葉を尽くしてコウセイは感情を吐露してレキネスと共に加勢するのですが、オメガは戦いが終わったあとスッと飛んでいってどうなるのかな…と見ていたのですが、アユ姉に声をかけられるシーンを挟んで次に差し込まれるのが特に帰ってきていることに対してなにかおかえりとか帰ってきたのかよとかのセリフ的な言及があるわけでなく普通に二人が隣でお話してるシーンに流してきてすごすぎるんです。「そこいること≒和解である」と視覚的に見せてきていて、言葉を尽くすタイプのキャラと態度で示すタイプのキャラの和解の表現としてめちゃくちゃうますぎる!!!!と脱帽してしまいました。
一番最初の話題に戻ってしまうのですが、カットとカットにちゃんと意味的な連続性があってシーンになるって当たり前のことではあるんですけど、各話の最初から最後までしっかり毎話当たり前のようにやってるし、それどころかシーズン通しで意味があるのは仕事がちょっとすごすぎるかも。
派手ではないけど本当にすごいことをやっているのでもっとこの作品が褒められてほしい
ウルトラマンオメガのすごさ、多分パッと見わかりやすくみんなすごい!!って思う特定の監督に見られるような派手でかっこいい作家性の強いホームラン的なすごさ(もちろんそれもめっちゃすごいことです、多くの人をびっくりさせるような表現ってやっぱすげーから)じゃなくて、なんか全員野球でヒットや四球重ねて犠牲フライとか走塁で1点ずつ得点するみたいな地味にすごい玄人好みのことやってる…といった感じなのです。
野球ファンすぐ野球で例える、よくないよ、押忍。
ウルトラシリーズの映像表現って1話完結の強み活かして各話担当監督の個性を出せば出すほどよくて派手なら派手なほどよいと思ってたんですけど、一話完結だからこそ強固に意思を持ってシリーズ通して指向性がある方針をここまで貫き通して全体に一体感をだしているの、ちょっとあんま見たことないタイプの迫力があります。他社作品だとそういうやり方に一番近いのってそれこそ昨日記事を書いた監督がかなり全体の舵取りをしている牙狼などでしょうか。
また、「セリフばかりに頼らず映像に寓意をたくさん含ませる」+「地味な絵面(※意味がある、今後意図的に変わりそう)」は、結構最近のライトめなエンタメ映像コンテンツの流行っぽい「セリフでしっかり説明する」+「寓意はあまり含まないけど見ていて派手で華やかな映像」と逆行してる面もあって、そこをこっちに振り切った勇気すごいな!?とも思います。勇気。
こういう作品が出てきたのもおよそ60年の歴史あって各シリーズでトライ・アンド・エラーを繰り返した結果なのかなーと思います。
なのでパッと見すごく素朴な作品なので、あんまりすごいと思われてなさそうだな~と思うのですが、いやいや実はめちゃくちゃこの作品すごいですよ!って話をしたくなって書いた記事でした。
ちなみに自分は結構ブルーカラー職に対してのお仕事萌えだとか、親がそういう職だったので郷愁もあったりして、かなり丁寧にリアリティがありつつフィクションのキャラクタービジュアルとしてアリな範囲で設定されているオメガ作中のブルーカラー職の質感がとても好きです。でも今後のあらすじで明かされた闇の男枠(暫定、演者さんの他のお仕事やオメガの作風思うと長くは引っ張られなさそうでもある)も電気工や建具屋の方みたいなブルーカラー風のビジュアルなのはさすがにちょっとおもろい。
後半一体どんな感じになるんでしょうね。今後とも楽しみです!
ほな…。